ジョギングと出会った頃

11月に入りようやく秋晴れの天気が続いたかと思うと、もう冬かと思わせるような寒気がやって来て急激に寒くなった。今年の9月、10月はとんでもない台風がいくつも襲来し、暴風や大雨で甚大な被害を被ったこともあって、長い夏が終わると、いきなり冬になってしまった感じがする。

それはともかく、ジョギングには絶好の季節がやって来た。最近はブログに書き込むネタがなく・・・っていうより、ネタを察知する感性が鈍っていると言った方が当たっているのかも。

というわけで、久しぶりのブログのネタは、やっぱりジョギングの話。

思い返せば自分がジョギングを始めたのが30歳の頃。

ちょうどその頃は頻繁に大阪出張があった。大阪には「食い倒れ大阪」の名に恥じない美味しい店が沢山あった。

いつもそんな店々を大阪の仲間に誘われるままに、若さにまかせて食べ歩いた。

その報いはすぐに来た。体重があっという間に5キロ以上増えて、会社の定期健診ではコレステロールや中性脂肪などが異常値を示した。当然、担当医からは「何か運動しなくちゃダメだ」と叱られた。

しかし「捨てる神あれば、拾う神あり」なのか、その時のアドバイスがジョギングという生涯の友と出会うきっかけになった。

当時は自由が丘に住んでいたので近くに駒沢公園があった。休日には意を決してジョギングに出掛けた。確か3キロほどの周回道路だったと思うが、最初の頃は1キロも走らないうちに息が上がって、傍らの芝生に倒れ込んだ。後ろから走ってきた同年輩の若い女性が蔑むような眼で自分を見下ろし、涼しげな表情で走り去って行くのを悔しい思いでやり過ごし、仰向けのまま見上げた空が限りなく真青に澄んでいたのを今でも昨日のことのように覚えている。

あれから40年以上の歳月が流れた。全く無味乾燥な記録ではあるが、走った距離をチェックしてみた。多い時は月間100キロ、年間1200キロをゆうに越えた。少なく見積もって月間平均を60キロとすれば、延べ3万キロ、地球を0.75周も走ったことになる。随分と膨大な時間と労力をジョギングに費やしたものだ。

古希を過ぎる頃から腰の辺りにハリを覚えて、さすがに若い頃のようには走れなくなったが、何とか平均健康寿命と言われる年齢を無事通過して、今日もまた、こうして小金井公園を走っている。

健康で走れることの嬉しさ、季節の移ろいを五感すべてで感じ取ることの素晴らしさ、いつまで走れるのか分からないけれど、こうした感覚を忘れない限り、この先何歳になっても走れるような錯覚に陥る。

汗まみれになりながら手足を素早く交差するだけの単純な動作の繰り返しが、こんなにも奥深くメンタルなスポーツであることを再認識しながら、そして、長い間苦楽を共にしてくれた生涯の友であるジョギングに、決して離れることの出来ない愛着を感じながら、これからも走り続けたい。